実業家で小島瑠璃子さんの夫でもある北村功太さん。
代表取締役を務めた『Habitat株式会社』も先日、北村功太さんの訃報を発表しました。
様々なニュースが飛び交う中、今世間では北村功太さんの実家に注目が集まっているようです。

名家ってどんなことしてるの?
そこで今回は『北村功太が実家を継がなかった理由5選!祖父は人間国宝で実家と不仲だった?』と題し、
北村功太さんが実家を継がなかった理由について調査しました。
『北村功太の元妻は青山学院大学の同級生!離婚理由は略奪婚だった?』については、こちらの記事で紹介しています!
北村功太が実家を継がなかった理由5選
由緒ある家柄で育ってきたと言われている実業家の北村功太さん。
20代で会社を起業していますが、北村功太さんはなぜ実家を継がなかったのでしょうか。
北村功太さんの実家は伝統芸能を受け継いでいるそうですが、



なんか暗い闇がありそう
など、世間では様々な憶測が飛び交っています。
北村功太さんが実家を継がなかった理由を5つにまとめました。
- 窮屈だった
- 不仲だった
- 事業がやりたかった
- 心機一転するため
- 借金対策の為
順番に解説していきます。
資金繰りに困っていたのではないかといわれていた、
『北村功太は年収激減で赤字が1.5億円!?サウナブームが去り経営悪化?』については、こちらの記事で紹介しています!
実家を継がなかった理由①窮屈だった
北村功太さんが実家を継がなかったのは、伝統を重んじる環境に窮屈さを感じていたからかもしれません。
伝統のある家庭で育つと何かと制限も多いことでしょう。
しきたりや作法が厳しく、もどかしい日々を過ごしていたのかもしれません。
北村功太さんは、学生の頃から会社経営や事業に興味を抱いていました。
早稲田大学在学中に『株式会社エブリー』へ入社したのも、早く実家を出て自立したかったのかもしれませんね。
実家を継がなかった理由②不仲だった
北村功太さんが男性であることから、幼い頃から跡継ぎ問題が出ていた可能性がありそうですね。
北村家の本家に男子がおらず、分家の北村功太さんが候補にあがっていたと言われています。
フライデーでは北村功太さんの知人がこんなコメントをしています。
北村の実家は能楽をやっている由緒ある家柄。いずれは父の跡を継ぐのだと思っていたので驚きました
長く続く伝統を引き継ぐには覚悟も必要になることでしょう。
家を継ぐように言われ、北村功太さんは実家に嫌気がさしていたのかもしれませんね。
実家を継がなかった理由③事業がやりたかった
北村功太さんは家業を継ぐよりも、実業家として自分の道を進みたかったのでしょう。
2020年には『Habitat株式会社』を設立し温泉施設のデジタルサービスを中心に、トレーナーサウナ事業を展開しました。
家業とは全く違う業種に興味があったのですね。
日本だけにとどまらず今後は中国へも市場を広げようとしていたそうで、その行動力は素晴らしいですね。
実家を継がなかった理由④心機一転するため
北村功太さんは人生の再スタートとして、心機一転したいと考えていたのかもしれません。
小島瑠璃子さんとの子どもを授かり小島姓になることで、新たな自分をスタートさせたかったのでしょう。
北村功太さんの会社の登記簿も、2023年5月に小島姓に変更されています。
北村功太さんはバツイチで離婚歴があります。
姓を変えることで、社長としてのイメージアップも図ったのではないでしょうか。
実家を継がなかった理由⑤借金対策の為
北村功太さんは借金対策についても考えていたのでしょう。
融資を受けながら会社経営していく中で、万が一を考えて北村功太さんの実家の名を汚さないよう配慮した可能性もあります。
一時期はベンチャー企業として話題を呼んでいましたが、北村功太さんが亡くなったことで



資金繰りに困っていたのではないか
との憶測も飛び交っています。
姓を変えることが借金対策のために「プラスになる」と考えていた可能性は高そうです。
北村功太の実家は能楽囃子の名家
北村功太さんの実家は、歴史のある名家だと言われています。
安土桃山時代から続く能楽囃子(はやし)の名家
能楽囃子とは、能の楽器やそれを担当する演者のことを言います。
使われるものは大鼓、小鼓、笛、太鼓の4つのみなんだそう。
北村功太さんの実家である北村家は、能楽囃子の中でも特に小鼓方の名門として知られています。
由緒ある家系で生まれ育った北村功太さんも、幼いころは演者としての作法を習っていたのではないでしょうか。
北村功太の祖父は人間国宝
北村功太さんの祖父は人間国宝の北村治さんと言われています。
北村治さんは2012年に他界されましたが、当時は能楽界をけん引する鼓の名手だったそうです。
1987年 | 観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞 |
2003年 | 人間国宝の認定 |
2006年 | 旭日小綬章受章 |
北村功太さんと同じ早稲田大学を卒業しており、博識の高い人だったそうですよ。
北村功太が実家を継がなかったことに対する世間の声
北村功太さんが実家を継がず小島姓を選んだのは、心機一転するためだったのではないでしょうか。
伝統を重んじる家系に生まれると、外からは見えないしきたりが数多く存在するものです。
多様性といわれる現代では、跡継ぎ問題はどの家系でも悩めるところなのかもしれません。
北村功太さんが実家を継がなかったことに対する世間の声を集めました。
・実家を継いでいれば人間国宝と勲章もらえる将来があったのに
・実家がスゴすぎる
・実は資金援助してもらっていたのでは?
・見栄は経営者にとって命取り
・堅実な生活と経営戦略が大事
伝統を受け継ぐのは大切なことですが、北村功太さんは実家の重圧に幼いころから向き合ってきたのでしょう。
北村功太さんが実家を出て会社を起こすまでの道のりは、並々ならぬ努力があったことでしょうね。